ケープタウン近くのスラム街へ行ってきました
2013年6月 1ランド=約10円
格差社会・南アフリカ。僕は南アフリカに来る前に「格差社会の現場を見てみたい」と思っていた。
金持ちの生活は何度も体感したけど、生活に苦しむ人々の場面は見ることができない。
なので、ケープタウン近くのスラム街へと行ってみた。
アパルトヘイト政策により、黒人やカラードなどが強制的に移住された地区のことを「タウンシップ」(地域区画)とも呼ぶ。
◆アパルトヘイト博物館
タウンシップへは個人で行くことも可能だが、治安の問題もあるので、ツアーに参加した。
スラム街へ訪れる前にアパルトヘイトの勉強も必要のため、アパルトヘイト博物館へ訪れる。
第6地区。以前ハリウッドの映画に「第9地区」とあったが、それはこの第6地区で起きたアパルトヘイト政策を題材としたもの。
アパルトヘイトという人種差別を風化させないために、博物館がある。
館内では自由に周ることができる。
そこまで広くはないけども、ボリュームは満点。少しでもアパルトヘイトについて勉強していくと、内容もすぐに理解できるだろう。
現在は「第6地区」はない。当時の通りなどの名前は全て変更されている。
過去の「悲劇」を思い出させないようにさせるための配慮だろう。
アパルトヘイト政策を全て否定する気はない。僕は関与していないから。
元々は貧困層の白人を守るための政策であったのが、段々エスカレートしたことで、有色人種を差別する結果になってしまった。
1990年代前半までは、当たり前のように”差別”が行われていた。今はその法律はないけども、どこか「見えない壁」が残っているように感じる。
ヨーロピアンの観光客も訪れていた。彼らはどのような気持ちになっているのだろうか。
ヨーロッパもヨーロッパで「過去の記憶」による見えない差別も残っている、そう考えると日本は恵まれた状況なのではと考えてしまう。
写真は撮っていないのだが、1つ印象的な写真があった。
第6地区のアパルトヘイト前と後の写真だ。
そこには、建物が道の横に並び人が歩いている写真と、ただの荒れ地になっている写真があった。
普通に考えれば、前:荒れ地⇒後:繁栄と思うだろうけど、実際はその逆だ。
アパルトヘイト政策によって、第6地区から白人以外の人々は強制退去させられ、郊外の計画都市へと移住させられた。そこがタウンシップだ。
黒人などが住んでいた場所は、跡方もなく取り壊し、さら地にしてしまう。
自分が生まれた街、育った街、故郷が一部の人の都合によって無くなってしまうのだ。「思い出泥棒」考えられない。
アパルトヘイトによる差別と現状を学び、タウンシップへと向かった。心は少し痛い。
◆タウンシップ
ケープタウンから車で30分のところに1つ目のタウンシップがある。
何かおばちゃんが牛の頭?を焼いていた。
訪れたのは”Langa”という地域。タウンシップの中でも大きい地域だ。
ガイドの人によれば、タウンシップには約400万人を超える人が住んでいるようだ。ただ、ケープタウンの人口は約300万人。ということは、統計に含まれていない人が殆どなのである。
こちら床屋さん。コンテナを使っている。
タウンシップというと劣悪な環境で生活しているものだと思っていた。
しかし、実際に訪れてみると違う。ガイドと一緒に歩いたLanga地区にはお金持ちから貧困層まで様々な人々が住んでいる。
一軒家に車、広い庭。不自由がない生活をしている。ガイド曰く、医者や先生などの身分の人が住んでいるとのこと。
また全員が黒人やカラード系ではなく、少なからず白人も住んでいるそうだ。元々ケープタウン高級住宅地に住んでいたのに、移住してきた人もいるようだ。
タウンシップに対するイメージが少し変わった。
通りには子どもが遊んでいる。意外にも車を保有している人が多い。
家族に一台ではなく、複数の家族で一台らしいのだが、車社会ゆえの理由だろう。
その中に位置する中級階層の家へ訪れることができる。
こちら外観。
中にお邪魔する。コンクリート打ちっぱなし。
冷暖房器具などあるわけがない。しかし、冷蔵庫やテレビなどの最低限の設備は整っている。
家賃については聞き忘れてしまったので、覚えていない。
でも高くはないだろう、ちなみに家は何人か数家族でシェアしているので、安くあがっていることだろう。
今度は別宅へと訪問する。
中古ながらフォード車が止まっている。
中は清潔。ソファとテレビは置いてある。
どこの家にもテレビや冷蔵庫は確実にあるし、電子レンジも置いてある。
生活の必需品なのだろう、テレビに関しては娯楽の一つにもなる。少し残念なのは、LGやサムスン製の商品が多かった。安いので仕方ない。
TopGear見ていたので、僕とイギリス人男性が反応。
南アフリカでもやっているんだ。見ている限り、不自由がない生活をしているようであった。僕が見ただけなので本音は分からないけど、少し安心した。
民芸品市場もある。ツアー客向けか、地元向けなのかは知らないけど、買うことはなかった。
昼下がりのLanga、通りでは子どもが遊び、のどかな雰囲気が残っている。
ここで犯罪が起きるのか?と思ってしまうぐらい、平和な場所。
ガイド曰く「ここは安全な場所」とのこと。
普段子どもの写真を撮ることはない。しかし、カメラをぶらさげて歩いていると、子どもが寄ってきて「僕を撮って」と言ってくる。
一人を撮ると何人も撮るはめになるので、まとめて撮るんだけど、彼らにすぐ渡せられたらいいなと感じてしまったり。
ここで”money”とか要求してこないのは、しっかり教育されている証?
穏やかな時間が流れる。
ここをスラム街というのは間違えかもしれない、タウンシップではあるけど、一つの”Langa”という地域だ。
今度は保育園へ訪問させていただく。
休憩を挟みつつ、一日びっちりとプログラムが作られている。
親が働いている人の子どもがやってくる、なので仕事が始まる時から終わる時まで預かるのだ。
小さい子と大きい子でクラスは分けられる。
この保育園は確か無料だと聞いた、やはり教育は大事。小さい頃に基本教育を受けるか、受けないかで大分変わってくる。
子どもの教育も大切だ。しかし子育てをする母親にも教育をしないといけない。
タウンシップで生まれて、タウンシップで育った女性。中には学校に行くことが出来る人もいるだろう、しかし全員がそういうわけではない。
中にはずっと家の手伝いを続け、若くして結婚して子どもを産む女性もいる。そういう人は教育を受けていないので、子育てやHIVなどの認識もないだろうし、周りもそういう状況だと教えられる人もいない。
結果、病気など起きてしまうし、教育がないと仕事に就くのも一苦労だ。
悪いサイクルが続いてしまい、病気が減ることもなくなってしまう。
子どもの教育も大切だが、子育てや病気などの大人に対する指導の重要度も学んだ。
ここで撮った子どもの写真を並べる。しっかりと勉強して、常識のある大人になってほしい。
外で遊んだら手を洗う、日本では当たり前のことかもしれないが、ここでは当たり前ではない。小さなことから教えていき、習慣づけていくと病気などの確率も大分減る。
今度は貧困層が住むエリアへ向かう。
途中、少し異様な光景を見た。
タウンシップ地区の一本通りを挟んだところにある。
全て新興住宅、ソーラー発電をしている。ここはタウンシップとは関係ない住宅地、新たな所得を得た層が住んでいるけど、空き家も多い。
何だか不思議な光景。
何だか先ほどとは雰囲気が違うエリアへ入っていく。
ただの土の上に木などで作られたバラック小屋が並んでいる。
僕が思い描いていたタウンシップ。
大事なのは「コミュニティ」。生きていく上で、助け合いは大切だ。
密なコミュニティがこういう場所には存在する。
ここの交流所は居酒屋だ、飲みにケーションは世界どこでも同じ。
ここで頂いたのは、バケツビール。自家製だ。
買うお金もないし、個人個人が飲む量も勿体ない。
このバケツビールは皆で飲む、飲み方は自分が好きなだけ飲んで、口をバケツから離したら隣の人に渡す。
こうやって交流してくのだ。
味は美味しくはない。住んでいる人々からしたら最高のビールなのだろうが、僕は贅沢な環境に育っていたのかも。
発酵中というのか、バケツの銀ぽさも混じって、変な味であった。
衛生面で心配してしまう。下水処理など。そこのところを詳しく聞かなかったのは、今後悔している点。
個々の家庭にトイレなどはない。公衆トイレだ。
これから最下層の家庭へと入っていくのだが、少々長過ぎたので、2つに分けて紹介する。
スラムで写真とか撮って、襲われなかったのですか?(ガイド付き?)
南アフリカってアパルトヘイト撤廃後、急速に都市部が物凄く治安が
悪化し、売春も横行しまくって世界ワースト1のエイズ国に転落した
という事実をさっき知って、結構ショックでした。
~アフリカ在住の白人いわく、アフリカで危険でない地域は
黒人がいない所さと言われたと取材した人の手記を見た事あり。
アフリカは資源が豊富な国がある事はあるが、その採掘現場を見た
人が、これじゃ半世紀前の植民地時代の方が、よほど安全対策が
取られていたよというのですよ。
アフリカに多いのが、独立したはいいが、その後で自分の国の地図
も満足に作れない。援助頼みで先進国からの金・物資は、国民には殆ど
届かない。金持ちの口座に入ったり、横流しで。
こんなのを見ていたら、民族や人種の優劣というのはあるのか?と。
元々、人類はアフリカ発祥なんだそうですけどね。
>Tessさん
コメントありがとうございます。
これはガイド付きのツアーになるので、治安等問題のない場所に訪れています。
隣国のジンバブエも同様な現象になっていますね。
自由を求めるために白人を追い出した結果、自分の首を絞めるような形など。
>金持ちの生活は何度も体感したけど、生活に苦しむ人々の場面は見ることができない。
>なので、ケープタウン近くのスラム街へと行ってみた。
嫌味なやつだな。
金持ちの生活は何度も体験したけどとかうぜーw
>まささん
コメントありがとうございます。
嫌味と思わせてしまい申し訳ございません。
「金持ちの生活」という表現が語弊を与えたものだと思います。
南アでは治安の都合上、旅行者が訪れられるエリアがどうしても富裕層向けの施設に限られてしまいます。
そのため南ア滞在時は、金持ちが集まる向けの場所に訪れていたことで、この表現に当時はなりました。
ご理解のほど宜しくお願いいたします。